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東京高等裁判所 昭和34年(ナ)14号 判決 1960年5月17日

原告 池沢三郎

被告 埼玉県選挙管理委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、「被告が原告の申立にかかる昭和三十四年七月十七日執行の蕨市議会一般選挙における選挙の効力に関する訴願につき昭和三十四年十月二十二日附でなした裁決を取り消す。右選挙を無効とする。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、市議会の議員の選挙に当つては、市の選挙管理委員会は当該選挙の期日前三日より選挙の当日まで候補者の氏名およびその党派別を掲示すべきものであるところ、昭和三十四年七月十七日執行の蕨市議会議員一般選挙において、蕨市選挙管理委員会は、右選挙に際し蕨市の十三投票区の全部の掲示について、候補者たりし原告の氏名を脱漏していたところ七月十五日午後七時頃原告が自己の氏名の脱漏を発見し、これを注意したためここに初めて原告の氏名が掲示されるに至つた。そして右の如き掲示の脱漏は選挙の規定に違反するものであり、しかも右の如き違反は選挙の結果に異動を及ぼす虞があるものである。

ここにおいて原告は右選挙の効力に関し蕨市選挙管理委員会に異議の申立をしたところ、昭和三十四年八月三日右異議の申立が棄却されたので、さらに昭和三十四年八月二十二日被告に対して蕨市選挙管理委員会の決定につき訴願を提起したが、同年十月二十二日原告の訴願を棄却する旨の裁決がなされた。

よつて原告は、右訴願裁決を取り消し、本件選挙を無効とする旨の判決を求める。」と述べた。(証拠省略)

被告指定代理人は、「原告の訴を却下する。」との判決を求め、「原告はさきに蕨市選挙管理委員会を被告として訴を提起し、後に、蕨市選挙管理委員会を被告としたことは誤りであつたとして、埼玉県選挙管理委員会を被告とする旨被告の表示を訂正したが、本件のような選挙の効力に関する訴訟において被告を誤つた場合これを訂正することは不適法である。」と述べ、さらに、本案については、「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、本案の答弁として、「原告主張事実中、原告主張の日時に蕨市議会議員一般選挙が行われ、原告が候補者であつたこと右選挙において、蕨市選挙管理委員会は議員候補者氏名を蕨市内十三ケ所に掲示したこと及びその十三ケ所のうち蕨市大字蕨三千八百三十八番地天徳湯前の掲示につき、昭和三十四年七月十四日午後六時頃までの約三時間原告の氏名を脱漏したことは認めるが、その余の事実は否認する。

しかしながら、(一)氏名等の掲示に関する法の規定は、公職選挙法(以下「法」と略称する。)第二百五条第一項に規定する「選挙の規定」には含まれない。「法」第二百五条第一項に規定する「選挙の規定」とは選挙の管理執行の手続に関する規定を意味するところ、候補者の氏名等の掲示は本質的に選挙運動に関する規定であるから、「選挙の規定」にはふくまれない。(二)前記天徳湯前に掲示した議員候補者氏名掲示表について、昭和三十四年七月十四日午後六時頃まで原告の氏名を脱漏したことは、「法」第百七十三条、第百七十四条の規定に違反しない。「法」第百七十四条第一項には、候補者の氏名等の掲示は、市の議会の議員の選挙にあつては当該選挙の期日前三日から選挙の当日まで行う旨規定されているが、この「選挙の期日前三日から」というものは、選挙の期日の前日を第一日として逆算して三日目に当る日からということであり、三日目にあたる日中に掲示が終つていればよいということである。従つて昭和三十四年七月十七日執行の蕨市議会議員の一般選挙においては、同月十四日中に掲示を終り、以後選挙の当日まで掲示すればよいこととなる。しかして前記天徳湯前の議員候補者氏名掲示表のうち、同月十四日午後三時頃に掲示されたものは、原告の氏名を脱落していたが、同日午後六時頃原告の氏名の記載してある完全なものとはり替えたので、同月十四日中は、すべての候補者の氏名等の掲示が完全に実施されており、前掲「法」第百七十四条第一項に違反するところはない。(三)、仮に天徳湯前の掲示に瑕疵があつたものとしても、それは極めて軽微のものであつて、本件選挙の結果に異動を及ぼしたものではない。」と述べた。(証拠省略)

理由

まず被告の本案前の主張について判断する。

原告が昭和三十四年七月十七日執行の蕨市議会議員一般選挙の議員候補者であつたこと、原告が右選挙の効力に関し蕨市選挙管理委員会(以下「市選管」と略称する)に異議の申立をしたが、昭和三十四年八月三日右異議の申立が棄却されたこと、原告が同年八月二十二日被告に対し訴願の申立をなし、被告が同年十月二十二日原告の訴願を棄却する旨の裁決をなしたことは当事者間に争がなく、昭和三十四年十二月二十六日附被告委員会委員長の回答書によれば、右訴願裁決は同年十月二十六日原告に告知せられたことが明らかである。

しかして、原告は最初昭和三十四年十一月二十四日「市選管」を被告として前記選挙の無効確認を求める訴を提起したが、昭和三十五年二月二十三日に至り被告を埼玉県選挙管理委員会に訂正する旨の申立をなしたことが明らかである。

しかして、公職選挙法(以下「法」と略称する)第二百三条第一項は、都道府県の選挙管理委員会の決定又は裁決に不服がある者は高等裁判所に訴訟を提起することができる旨を規定しているが、この訴は、当該決定又は裁決をなした都道府県の選挙管理委員会を被告として提起すべきものと解すべきであるから、本件原告がさきに「市選管」を被告として本訴を提起したことは誤りであつて、本訴の被告は、埼玉県選挙管理会でなければならないものであり、原告は、まさに被告とすべき行政庁を誤つたものといわなければならない。

しかして本件のような選挙訴訟に対し、行政事件訴訟特例法第七条を準用し得べきものであるか否かを考えるに、「法」第二百十九条は、「法」第十五章の争訟については、行政事件訴訟特例法第八条、第九条、第十条第七項及び第十二条の規定を適用する外、民事訴訟に関する法律の定めるところによると規定したことを見るときは右列挙以外の行政事件訴訟特例法の規定の適用を排除するが如き観を呈するが、本来選挙に関する争訟は、ただにその選挙の公職の候補者のみでなく、当該選挙区の選挙人においてもこれを提起し得るものであつて、いわゆる民衆訴訟の部類に属するものであり、しかも本件の如き選挙訴訟の場合「法」が被告とすべき行政庁を明示していない以上、たとえ出訴者が市町村の選挙管理委員会と都道府県の選挙管理委員会とのいずれを被告とすべきかを誤つた場合においても、被告の変更を許すことを妥当とすべく、これに反して直ちに訴を却下することは、法の趣意に反するものというべきである。よつて選挙訴訟について、行政事件訴訟特例法第七条を準用すべきものと解すべきである。そうだとすれば、原告が最初に蕨市選挙管理委員会を被告として訴を提起したについて、原告に故意又は重大な過失があつたと認められない本件においては、原告がその後被告を変更して、埼玉県選挙管理委員会としたことは許容すべきである。

よつて進んで本案について判断する。原告は昭和三十四年七月十七日執行の蕨市議会議員一般選挙にあたつて、蕨市大字蕨三千八百三十八番地天徳湯前の掲示を始め十三投票区の各掲示につき、同年同月十五日午後七時頃まで、原告の氏名が脱漏していたと主張するけれども、この点に関する原告本人の供述は明確でなく、よつてもつて原告の右主張事実を認め得ないし、その他一切の証拠を調べても、原告の右主張事実を認めるに足りる証拠はない。かえつて、成立に争のない乙第二ないし第七号証、証人塚本喜久司、中東康雄、霜田邦勝、村上鐘三、班目泰男、池田一男、奥田正信、新藤幸一の各証言を綜合すれば、「市選管」委員長塚本喜久司は昭和三十四年七月九日に、同月十七日執行の蕨市議会議員一般選挙における候補者の氏名等の掲示につき「法」第百七十四条第三項の規定に基き、くじ引を行い同月十一日午後五時までに立候補届出をなした候補者四十三名につき、くじ引をなさしめもつて候補者氏名掲示の順序を定めしめたところその後七月十二日午後三時三十分頃に至り、原告が立候補届出を了したので、「市選管」委員長塚本喜久司が原告の氏名を氏名等掲示用紙の末尾に書き加えるように指示したこと、同月十四日午後一時から午後六時頃までの間に蕨市内所定の十三ケ所に候補者全部の氏名及び党派別を記載した右掲示をなさしめたこと、しかるにそのうち一ケ所すなわち天徳湯前の掲示箇所には、誤つて最後に立候補届出をした原告の氏名の脱落した掲示用紙を貼布したのであつて、それは同日午後三時ないし午後三時半頃であつたこと、しかるところ原告から天徳湯前の掲示に原告の氏名が記入されていない旨の申出に接し、「市選管」は直ちに原告の氏名をも書き入れた掲示用紙との貼替をなしたこと、蕨警察署捜査係、新藤幸一が原告の申出によつて同日午後六時二十五分頃天徳湯前の掲示を見分した時には、天徳湯前の掲示板には、原告の氏名を末尾に書き入れた掲示用紙が貼布してあつたことを認定することができる。

右の点につき、被告は、候補者の氏名及び党派別の掲示に関する「法」第百七十三条は、いわゆる「選挙の規定」にふくまれないから、たとえ本件の掲示が同条に違反しても、選挙の無効原因とならないものと主張する。しかしながら、同条は、選挙の管理に関する規定にあたるものと解すべきであるから、被告の右主張は理由がない。

而して公職選挙法第百七十四条第一項は市の議会の議員の選挙にあつては、候補者の氏名及び党派別を当該選挙の期日前三日から選挙の当日まで掲示すべき旨規定するところ、ここにいう「選挙の期日前三日」とは、選挙の当日の前日を第一日として逆算し、その第三日目に当る日を指すものと解すべきである。すなわち右規定は選挙の当日と右の第三日目との中間に存在する二日の期間中、完全に右の事実の掲示をなし、以てこれを周知せしめることを定めた趣旨というべきである。従つて選挙の期日前の第三日のうちに、右掲示をなした場合には、その掲示をした時間を問わざるは勿論、たとえその掲示に瑕疵があつても同日中にそれが補正された限り、法の要求する掲示があつたものというべきである。そして本件において選挙が昭和三十四年七月十七日に施行された以上、前記の候補者及びその党派別の掲示は同月十四日中に為せば足るものであるから、右認定の如く同月十四日蕨市内の十三の投票区のうち十二ケ所については完全な掲示が行われ、ただそのうち一ケ所の掲示に瑕疵があつたのであるが、これも同日中に補正された以上、本件選挙の掲示については、何等の瑕疵がなかつたものというべきである。そして本件において他に選挙の規定に違反し又は選挙の自由公正が失われ選挙人全般がその自由な判断によつて投票することを妨げられたるがごとき事情の認むべきものがない以上、原告の本訴請求は失当として棄却すべきものである。

仍て訴訟費用を敗訴者たる原告に負担せしめて、主文の如く判決する。

(裁判官 松田二郎 猪俣幸一 安岡満彦)

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